Home » 会報ダイジェスト

第79号(10年6月14日発行)ダイジェスト

2010年07月14日

第14回戦争遺跡保存全国シンポジウム 南風原大会記念

戦争遺跡特集号

◆大城将保「慰霊塔から戦争遺跡へ~沖縄戦跡保存運動事始の記録」(沖縄平和ネットワーク代表世話人)

・・・沖縄にはもともと「戦争遺跡」という言葉も概念もなかった。全島が戦場化したこの島では沖縄島そのものが戦跡地だったのだ。終戦直後、避難地から帰還した中南部の市町村民の最初の復興事業は戦場跡に散乱した十数万の遺骨の処理だった。集落ごとに共同作業で収集した遺骨は村はずれの空き地に山積みにされ、これをコンクリートや石材で掩った納骨所に塔名を刻んで慰霊塔とした。・・・

◆「もっと『戦跡考古学』の意義を知ってほしい」當眞嗣一さん(元沖縄県立博物館長)に聞く(会報部会・北上田源)

・・・考古学的に言えば、沖縄戦のような近現代にかかわる層は、一番上にあるんですよね。だから、古い時代の調査をする時でも、そうした層はすぐに削って、さらに深い層に注目するのが普通でした。(中略)ただ、一方で考古学というのを「人間の過去の営みを明らかにする学問」として捉えようとする視点がほんとうの意味の考古学の定義であるわけです。だから、私はそうした考え方にたって戦跡考古学を考えたわけです。・・・

◆「戦を掘る、骨と語る」沖縄戦遺骨収集ボランティア”ガマフヤー”代表具志堅隆松氏に聞く(会報部会・吉川由紀)

・・・関節が全部つながった状態で出てきた遺骨は、周辺の土の色がちょっと違います。そんなとき、この土は人間の有機物を吸った土なんだって思いますね。沖縄の土は、人の血汁を吸い込んだ土なんだって思います。本当はその土が、この土が、沖縄の土なんだと思うし、自分たちは死んだ人の血を吸い込んだ土の上に立っているんだという実感を、繰り返し感じます。・・・